海老沢歯科医

デンタルデータのデータベース化を進めよう

年末年始はいかがお過ごしだったでしょうか。わたしはほとんど自宅で過ごしゆっくりしました。
TVをだいぶ見たのですが、ドラマの一挙放送なんかもいくつかあり、楽しかったです。
中でも面白かったと話題のドラマ『アンナチュラル』。本放送時に見逃してましたが、全部見ました。

アンナチュラルとは不自然な死のこと

石原さとみが今回演じるのは、日本に170名ほどしか登録がない“法医解剖医”の三澄ミコト。
ドラマの舞台となるのは、日本に新設された死因究明専門のスペシャリスト5人が集まる「不自然死究明研究所(UDIラボ)」。
そこに運び込まれるのは、“不自然な死”(アンナチュラル・デス)」の怪しい死体ばかり。
ミコトはクセの強いメンバーたちと共に、連日UDIラボに運び込まれる死体に向かいメスを握る。

アンナチュラル

第8話で、デンタルデータ(歯の治療痕などのカルテデータですね)についての詳細なやり取りがあったのを、興味深く見ました。

雑居ビルで火災が発生し、UDIに10体もの焼死体が運ばれてくることに。
遺体は黒く焼けこげていて、全員が身元不明の状態。
ミコト、中堂(井浦新)らUDIメンバーは次々と解剖を進めていくが、身元判明は困難を極める。

身元が判明しない遺体のことで、歯科データについての会話が続きます。

六郎(窪田正孝): 歯の治療痕からは?
神倉(松重豊): まだ近隣の歯科医院しか当たれていません。全国に拡大して探すとなると、コレ、時間かかるでしょう。
六郎: 歯のデータベースがあれば、一瞬で該当者はじき出せるのに、アナログですよ。
東海林夕子(市川実日子): まあ、ほとんどが個人経営だし、紙カルテの所もあるのよねえ。
ミコト(石原さとみ): ああでも、個人情報をどこが管理するのかということもあるからねえ。

歯科のカルテは各歯科医院で管理しています。
現在は紙のカルテを使用している歯科医院はかなり少数です。
2015年にレセプト(診療報酬の請求)の電子請求が法的に要求されたことから、電子化が急速に進みました。

しかし、カルテのシステムはたくさんの会社が販売し、多数使われています。
レセプトの請求の規格は統一されていますが、カルテ記載の様式は各社様々なのが実状です。

ここでの会話は、歯科のカルテシステムの現状を的確に指摘しています。
カルテの記載法に統一された規格があり、データベース化されれば、それこそ一瞬で検索による照会が可能です。
現状は、程遠い状況だと言えるでしょう。

 

現在の身元不明者の照会

現在は、歯型のデータを元に「誰でしょう?」という問い合わせが来ることはあまりありません。
あったとしても、そのデータから歯科医院内で該当者を検索するのはかなり難しい状況です。

警察からの問い合わせの多くは、氏名がわかっている方のデンタルデータを探す場合にされることがほとんどです。
つまり、おそらくどなたの御遺体か想像がついているケースで、確認のために行われます。
歯科医院では、氏名の検索は容易ですので、それに対する対応はできますが、逆は難しいのです。

 

全国の歯科カルテのデータベース化を目指す動機

ドラマ『アンナチュラル』第8話に戻ります。

UDIラボの所長である神倉(松重豊)がデンタルデータのデータベース化を目指してきた動機は、東北の震災のときの話です。

現地のカルテは流されて、集められた歯科医師は遺体を触った経験もなく、人数も足りなかった。

身元不明の遺体がたくさん出て、遺体のとり違いもあった。
来る日も来る日も運ばれてくる遺体。山ほど見たと言ってた。身内の遺体を探している家族も、いつまでも帰れない遺体も。

御遺体を帰すべきところに帰してあげるのも、法医学の仕事のひとつです。

時間の経過とともに、2011年震災当時の記憶もだんだん薄らいできた方も多いのではないでしょうか。
わたしは当日、次男の保育園の卒園謝恩会に出席しており、多くの子供を前に長い時間の揺れの中、どうしようか困惑したのを覚えています。
その次男も、もう中学2年生です。

わたしは東北大学の卒業で、仙台で大学時代を過ごしました。
あの津波が押し寄せて車が逃げ惑うTV映像は仙台市のものですが、現場がどこなのかはっきりわかりましたので、その映像に対する驚きは大変なものでした。大学時に教えていた塾があった地域です。
のちに塾の生徒だった子に聞いて、関係した生徒の無事は確認できましたが、海岸の慰霊碑に行ったときは、津波の痕跡のすごさに言葉を失い、自然と涙が流れました。

震災直後には、ニュースで現場の状況を知り、診療を休んで現地に行って御遺体の確認に携わることを真剣に検討しました。

アンナチュラルでのこの場面の歯科医師に関する会話には、一部間違った部分もあります。
「集められた歯科医師は遺体を触った経験もなく」
これはある程度は当たっています。
歯科医師は学生時に人体解剖実習を行いますので、必ず一度は触った経験がありますが、確かに日常的には生死に関わることはほとんどありません。

「人数も足りなかった」
これに関しては、現場はそのとおりだったかもしれませんが、歯科医師のこころざしが無かったとは勘違いしてもらいたくないです。
わたしの周りの歯科医師は、ほぼ全員が被災地のボランティアを希望していました。

できなかったのは、現地の受け入れ体制ができていなかったからです。
現地の警察ほか行政の希望は、報酬を支払っての派遣が前提でした。「医師の無償ボランティアの受け入れは前例がなく、予算もなく、行政側が管理ができないので難しい」と断られてしまい、受け入れられなかったらしいのです。無視して行ってしまえば仕事もあったでしょうが、逆に迷惑な事態を招く可能性もあります。

歯科医師会は混乱を防ぐために、一般の開業歯科医師ではなく、大学病院の組織体制のある歯科医師を中心に少数精鋭で現地への派遣を検討しました。現地の歯科医院はさまざまな被害を受けており、自分のところのことで精一杯ですから、他地域の歯科医師が活躍する必要がありました。
結果的に人数が足りなかったのは、柔軟性が足りない行政の問題です。

 

どうすれば歯科の情報がデータベース化できるか

DNA検査の発達で、現在でも身元不明の御遺体はそれほど多くないようです。
2017年3月時点で69体であるという記事を見ました。
行方不明者は未だに2500人以上いらっしゃるようですが、御遺体が見つかれば、身元が最後までわからないことはそれほど多くはないのかもしれません。

それでも、歯科データがデータベースされるメリットは多くあると思います。
大規模な事故などで、迅速に対象を絞る必要性がある場面は依然多いと思いますし、将来的には、医療情報全体がデータベース化されることも間違いないでしょう。そのさきがけとして歯科の情報が共有されることのメリットは大きいと思います。

今後は、わたしもこの課題を真剣に考えていこうと思います。
以下に書いていきますが、問題点や課題もいくつかあります。前向きで活発な議論をしていければ良いのですが。

 

入力の手間

データ入力にかかる手間は、現状ではかなり大きいことです。
パソコンの性能が上がり、カルテソフトも使い勝手が良くなったとは言っても、入力にはまだまだかなりの手間がかかります。

将来的には、口腔内スキャナーでスキャンすれば、すべての情報が記録されるようになるでしょう。
iPhoneに話せば文字になったり、アレクサと言えば答えてくれる時代ですから、きっと早い段階で可能になると思います。

しかしながら、当面は、歯科医師や歯科衛生士の手によって入力を頑張るしかありません。

電子カルテが進んだのは、レセプトの電子請求の法制化がきっかけなのは間違いないと思います。
実際には、慣れれば電子カルテのほうが紙のカルテより記載はずっと楽です。
しかし、体制を整えるために、金銭的・労力的・人員的投資も最初は必要ですし、「どうしてもやらなければならない状況」が来なければ、なかなか取り組めないことも確かでした。

規格の統一

データが規格化されないと、データベースにした時に共有できません。
たくさんの会社がカルテを作っていますが、そのうちの基幹となるデータは、規格を完全に統一しないといけません。

個人情報の問題

個人情報を誰が管理するのかというのも、大事な課題です。
すでに、民間においてレセプトデータを管理し、データを匿名化して販売する法制も可動しています。
一連の個人情報の問題は、そういう動きとともに熟慮し、万人にメリットのある方法で管理されるのが理想だと思います。

法制化が最初

身も蓋もないのですが、結局は全体を動かすためには法制化が最初で、大きな予算も必要です。
政治的に解決することが早道なことは間違いないでしょう。

わたしたちにできることは、一生懸命に仕事をし、予算が必要だということになった時に、みなさんに理解を得られるように丁寧に取り組むことです。

 

石原さとみ

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