海老沢歯科医

『ランチ後すぐ歯磨き 逆効果』の波紋

『ランチ後すぐ歯磨き 逆効果』の13文字のタイトルが付けられ、ヤフーのトピックになった記事には、コメントが1000件以上付けられました。
ネガティブな書き込みも少なくなく、心が折れたので読むのをやめました。

いろんな歯科医師が、個人の見解を発表するのやめてほしい。歯科医師の業界団体が、取りまとめて正しい物を1つだけ広めてくれ…

言いたいことは、よくわかります。もっともです。

経緯を説明させていただきますと、昨年12月10日発売『PRESIDENT 2018年12.31号』に取材を受けた記事が掲載されたのですが、今年に入った1月15日にPRESIDENT Onlineにその記事が転載されました。記事はこちらです。
(※ 2018年6月1日施行の改正医療法により、「TVに出た、雑誌に取り上げられた、芸能人が来た」等の記載は、医療機関への誘引事項に該当するケースとしてウェブサイトやブログ、SNS等に記載することはできなくなりました。当院のウェブサイトにおいてもそうした表現はすべて削除済みです。しかしながら今回の記事では、この部分の経緯の説明がないと記事の趣旨がわかりにくいため、説明のために記載しています。)

どうやらプレジデントオンラインの記事は、たくさんのメディアに転載されるようで、ニフティー、ニコニコなど多数のメディアで次々と拡散されていったようです。深夜になって、知り合いの先生からLINEで教えられYahoo!を見ると、トピックスの8本の中に『ランチ後すぐ歯磨き 逆効果』が載ってました。すぐ下のタイトルがまたすごい。

・稀勢3連敗「本人と師匠次第」
・NGTメンバー多数が心身不調
・石原さとみ交際報道真っ二つ

タイトルだけで内容までほとんど理解できるビックニュースです。その中に並んでるんですから、多くの方の目にとまるようになったのです。

yahoo!japan

さて、記事をゆっくり読めば、ハミガキだけがテーマの記事ではないことがご理解いただけると思います。元々は雑誌の記事ですから、字数制限の中で入る情報も限られています。

雑誌プレジデントのタイトルは『虫歯ー銀歯ではなく白プラスティックも保険適用に』でした。『昼食後すぐに歯磨きするのは、やめたほうが懸命です!』というのがページの帯の部分に書かれていました。
プレジデントオンラインのタイトルは『昼食後「すぐの歯磨き」は完全に逆効果ー良かれのケアがむしろダメージ』です。
そして、Yahoo!に転載された記事のタイトルは『ランチ後すぐ歯磨き 逆効果』です。空白1文字入れて13文字。

ヤフー・トピックスの作り方』という、ヤフー・ニュースのトピックスの13文字にタイトルをまとめて、8本のトピックスに表示するという仕事のエピソード、ヤフーニュースの圧倒的で絶大な影響力について書かれた本があります。わたしも数年前に読みました。まさにこの仕事の中に取り込まれて、タイトルが13文字に集約され、絶大な影響力の下に拡散されたのですね。

タイトルがこの13文字でなかったら、たぶん、全然違う反応だったと思います。
ヤフーのタイトルでリンクを踏んで読んだ人は、ほとんどが「食後のはみがきは間違いだからやめなさい」という記事だと思って読み始め、「間違いだって?そんなはずがない」とイライラしながら読んでいたか、「えー、違ってたの?ウソー」みたいなポジションで読んだ人だと思います。

一方、雑誌のプレジデントを読んだ人は、『昔と今では治療法が変わってしまった病気』という医療全般の大枠の記事の一つとして読み進めて、「歯医者もスキャナーとかいろいろ変わってきたんだな。歯ブラシ、あー、食後はやめたほうが懸命って書いてある。そうか、唾液たくさん出てるんだからもったいないもんな、なるほど」くらいのスタンスで読んだと思います。

まあ、そんなわけで、そもそも読む動機も全く異なるし、ある意味ヤフーで「煽られて」読んだ人と、雑誌で見た人とでは、感じたことや心に残った部分も全く違うでしょう。
でも、ヤフーのタイトルが『ランチ後すぐ歯磨き 逆効果』じゃなかったら、ほとんどの人が興味を持たず、リンク先たどって読むこともなかったんだと思いますから、ネットでたくさんの人に読んでもらうためにはこういうのも、今は必要なんですよね。

歯磨きの回数

ちなみに、記事に書いてある内容はわたしの個人的な見解というわけではなく、多くは講演会などで聞いた話や論文で読んだものです。歯磨きの方法については、ほとんどがスウェーデン・イエテボリ大学カリオロジー科(スウェーデンではむし歯科と歯周病科の治療と予防を合わせた学問)の主任教授ピーター・リングストローム教授の講演からです。(記事中の「フィンランドやノルウェー」は「フィンランドやスウェーデン」の言い間違いです。すいません。)
食後の歯磨きが必須と考える先生は、歯磨きは1日3回以上じゃないと都合が悪いのだと思いますが、1日2回はイエテボリ大学カリオロジー科のアナウンスと言えますから、一般論として異端というわけではないでしょう。

過去に書いた歯磨き記事:年齢別・正しい歯磨きの仕方を解説

また、「歯周病については1日2回じゃだめだろう」という意見も多いのですが、歯周病に対する歯磨きの回数に有効なエビデンスは残念ながらありません。「1日1回と2日に1回のブラッシングで歯肉炎の発生を防いだが3日に1回では防げなかった」というゴールドスタンダードの古い論文がありますが、論文をよく読むとかなり完璧に磨けているケースと考えられます。ブラッシングの精度によって差が大きくなることは明らかですので、その先の判断は臨床医の裁量とも言える部分ではないでしょうか。

わたしは、先のカリオロジー科の教授の言われたとおりに、「一般には1日2回、ハンディキャップと喫煙者などのハイリスクグループは1日3回」とお伝えしています。当然、ハイリスクと考えられる患者様や、矯正治療中の患者様には、それぞれの状況に合わせた説明をします。

食後の歯磨き

わたしは誰に対しても食後の歯磨きを絶対するなとか、何回も磨くなとは思っていません。人によって向いている方法があるでしょう。それを判断するのが臨床医の裁量だと思います。
しかし、一般論になった場合には、「食後に磨いてください」とはまず言いません。食後にはガムを噛むなどの方法を薦めます。

食後すぐの歯磨きを否定されて憤慨している歯科関係者の方にうかがいたいのは、何を根拠に「食後すぐに磨け」と言っているかです。
「エビデンスがある」というエビデンスが、果たしてどのくらいのエビデンス・レベルの話なのか。「食後すぐ磨いたグループ」と「食後1時間後に磨いたグループ」の間に高いエビデンス・レベルの比較研究があるなら納得しますが、聞いたことがありません。
よく「こういう根拠がある」と言って、どこかの論文や教科書等を引っ張ってくる方がいますが、意義のある科学的情報を根拠におく解答になるかどうか、有効なエビデンスになるかどうかは、その論文の質次第なのでなんとも言えません。「わたしはこれを信じています」という提示にしかならないのです。

わたしは「食後の歯磨き」はドグマ(教義)だと思います。疑いなく広く信じられているという意味です。
日本においては一般に広く信じられている常識なわけですから、それに挑戦する説が出てきた昨今において必要なのは、「食後すぐに磨くのが常識」と考える側の人がしっかりしたエビデンスを出して証明することです。

ドグマは教義とか独断的な説という意味ですが、それを盲目的に信じるのが正統で、信じないのは異端だそうです。
そういう意味では、さきほどは「異端ではない」と書きましたが、わたしは異端になってしまうのかもしれません。
エビデンスに関してわたしが過去に書いた簡単な記事を是非読んでいただきたいと思いますが、わたしも、自分自身で様々な論文を読んで物事を熟知しているわけではありません。今回、ニュースを見て憤慨した多くの先生方同様に、「何を信じるか」を考えながら常にさまよっている信者です。

簡単に人を信用するとエビデンス軽視になる

今回の話には論点が多すぎて、すべて書ききることはできませんが、補足することがあったら追加していきます。

 

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